ちびしろさんぽ

脳内を ちょっといじって 垂れ流し

一目惚れした本、悲しい過去、救いの心理学

いつもカヤの外にいると思う人たち

いつもカヤの外にいると思う人たち

 

 

こんな本を読んでいる

 

書庫整理の業務中に見かけた本だ

 

もし私が読みたいと思っていなかったら除籍される予定だった

 

タイトルにとても惹かれるものがあったから借りることにした

 

(その割にはなかなか読むに至らず借りてから少し時間が経った今読み始めている)

 

 

この本は簡単に言ってしまうと認知心理学のようなことを取り扱ったものだ

 

他者のちょっとした一言に過剰に傷ついてしまったり批判されるとたとえ正当なものでも過剰な自責をしてしまったり、といった事例を取り上げてこうするといいだろうという情報が提示されている

 

そしてこの本では過剰に傷ついたり恐れたりする原因に過去の自分の体験(そしてその体験をどう捉えたか)が関係していると考えられている

 

 

私は集団(特に3人以上)の中にいるときほど孤独感を感じることがある

そして組織で活動をするときには「自分は出しゃばってはいけない」と隅の方にいて積極的には他者と一緒に活動をしないようにしたくなる

 

この本を読んでいるときに自分のそんな性質を思い出した

そしてこうなった原因でありそうな出来事を覚えている

 

それは中学時代の部活動だ

 

私はバスケットボール部に所属していた

 

自分が望んで入ったわけではなく親から薦められたからという主体性の欠片もない理由で入部した

 

運動、特に球技は苦手だった

キャッチボールはボールをキャッチできずあんな球が顔にでも当たったらどうしようと気軽にできなかったしサッカーはボールを上手く蹴ることができなかった

 

そんな人間が小学生の時からバスケットボールを習っている人たちと共に練習をしたらどうなるだろう

 

足も遅い、背も小さい、反射能力にも乏しかったから上手い人の動きに全くついていけなかった

 

バスケットボールはチームプレイだから他の人とチームを組んで練習してたんだけど上手い人と組むことになると私が足を引っ張ってしまい劣等感を感じ自分の存在が迷惑なのではないかと感じていた

 

私がミスをしてもドンマイと言ってくれる寛容な人もいたがレギュラーメンバーでもあり態度が悪い人からは舌打ちをされることもあった

 

今思い出しても悲しくなる過去の思い出だ

 

私はこの中学校の部活動の出来事から「私は迷惑な存在なんだ、だから集団(他者)に積極的に絡まず隅にいて何もしない方がいいんだ」というような信条を掲げてしまうようになった

 

と思っている

 

その出来事は過去のことであり本当に今でも同じなのか検討する必要がある、とわかってはいるのだがそれだけ強く印象に残っているのか未だに拭えていない

 

過去に孤独感に悩んだ時、同様のことを考え同様の結論に達したが今このタイミングでまた同じ問題に対面しているというのはそれだけ重要な問題であるのだろう

 

問題の原因を追求しそれらしきものがわかることも一つの解決の一歩だけれど今回は積極的な解決のための活動が必要そうだ

 

最近触れなくなった認知心理学にまた世話になることにしよう